苦しむ患者を見る辛さ

2012.02.05

数日後、Sちゃんの腹は癌性の腹水で一杯になった。1回に500ミリリットルずつ注射器でだけより悲痛に病室に響いていた。「腹水を抜いたら、同じ量の血漿を点滴で入れるんだぞ」医長の指示はよく分かっていたが、黄色い血漿を点滴で入れながら、腹からおなじ成分の体液を抜いている作業は、自分にとってもSちゃんにとっても大いなる徒労なのではないか、とU医師は思っていた。医者の修業には徒弟制度的なところが多分に残っている。簡単な採血や静脈注射にしたところで、医学部で習うわけではないから、現場で先輩の医師や看護婦に手を取って教えてもらわなければならない。だから、2年間の研修期間では素直な者ほどより多くの技術を身に付けることができる。U医師のような理屈こきの研修医は先輩たちから嫌われるのである。U医師にしてみれば、自分がなにかおかしなことをロにしているという自覚はない。あたりまえのことをあたりまえに話しているつもりなのだが、それが通じない。学生時代は小説ばかり読んでいて体育会系のクラブに所属した経験はないので、先輩の言うがままに行動する習慣はできていない。外科は上下関係がうるさそうなので内科を選んだのだが、ここでも体育会系の研修医が喜ばれる実情は変わりなさそうである。入院して3週間でSちゃんは死亡した。呼吸が止まる直前まで苦しそうなうめき声をあげていた。