クールーポンチョを八八ドルで、Jクルーはペルー風の柄のプラングットーポンチョを九八ドルで、それぞれ販売。消費者の中には、「使い勝手がいい」から買うという人もいた。もちろん、ポンチョは暖かくて快適である。ただし、賢明な買い物客は、ポンチョ人気がひとシーズンもつはずはないと思っていたけれど。確かに、いっときの流行ではあったが、それでも強力な影響力を持つものには違いなかった。このスタイルは大衆に浸透し、ウィスコンシン州シェボイガンのコー歳の少女たちも、ティーピーみたいなニットを着てフレアのジーンズを穿き、どっしりした厚底スニーカーを履くようになっていた。だが、その頃には、真っ先にこのトレンドに食い付いたご婦人方は二着目のポンチョに首を突っ込むこともなく、フォアグラのコロッケを頬張っていたのだった。それからは残った一般大衆も右へ倣えというわけで、ポンチョは恐ろしくダサいものという奈落へ再び転落していく。トレンドは一瞬煌めきを見せ、ひとシーズン経たないうちに燃え尽きたのである。私たちは新たなトレンドに惚れ込むが、やがてはそれに飽きるだけでなく、それを蔑み始める。それも、ファッションの現実のうちである。だから、私たちは終わりのないサイクルにはまってしまい、急いで流行を取り入れようとして不毛な努力をしているのだ。さらに悪いことに、スタイルという巨大な「ハムスターの回し車」は加速の一途をたどっているため、トレンドは以前よりもずっと早く飽きられてしまうようになっている。